2020.01.05

Living in Boston・語学留学

Hi, イングリッシュビレッジ横浜校Atsukoです。

Have you ever been to Boston?
今回はアメリカ東海岸Bostonでの生活について語学学校でのことを中心に、私の出逢った人たちについて書かせていただきたいと思います。

1998年夏、主人の仕事の関係でBostonに行くことになりました。留学を計画していたわけではなく、ただアメリカで暮らすことになったというだけです。英語も学生以来だったので、全く覚えていない。「やることもないし、とりあえず語学学校に行こう!」となりBoston大学付属のCELOPというところに通うことになったのですが、入学の手続きは全て彼任せでした。最初のオリエンテーションも付き添ってもらったのでなんとかなりましたが、説明は全くわかりませんでした💦「明日からここに来るんだよ。教室はここね。これを持ってね。」本当に小学生が初めて学校に行くようなレベルです。

最初にテストを受け、それによるクラス分けがありました。確か8クラスでした!日本人は大学に入る為の準備(TOEFL目的)として来ている方が多かったので上から2番目のクラスに沢山集まっていましたが、私は下から2番目のクラス。15人中日本人は私だけでした。午前中は文法中心でクラスごとの授業。午後は週に数回選択の授業がありました。勿論、授業は全部英語で日本人がいないので誰にも聞けない。「Prepositionて前置詞のことなのか。Adverbは副詞のことなのか。」そんなところからのスタートでした。しかし、一からのスタートだったおかげで英語は日本語ではなく”英語で考える”ことはできるようになりました。

クラスは15人中女性が3人。1人は結婚して3歳のお子さんのいるMaria(fromベネズエラ)もう1人は台湾出身のシスター、こちらもMariaでした(笑)お昼休みに3人で会話をするのですが、なにしろ初心者の集まり。1つの話をするにも単語を調べて相手に見せて、相手もその単語がわからないので辞書で調べて。1つの話をするのに15分も20分もかかっていました💦シスターMariaは漢字で通じたので漢字の意味でコミュニケーションをとることもありました。この「通じた!」という瞬間がとても楽しく、嬉しかったのを覚えています。

他のクラスメイトはギニア・南米・UAEなど。ギニアからの男性は、夏だというのにエアコンの効いた教室が寒いらしく、毎日「寒い、寒い」と授業中も厚手の上着を着ていました。一夫多妻制なので真剣に第2婦人にならないかと言われたこともあります。南米からの留学生も多く、ベネズエラ・チリ・ブラジルなど。私の想像以上に生活や治安の面で大変なことを知りました。UAEのクラスメイトはなんと5人中4人がMohamedでした。国柄か最初は休み時間も私達と離れて5人で固まっているような、ちょっと閉鎖的な感じでしたが次第に慣れ一緒にマックに行ったり。(ハンバーガーを頼んだのはいいけど、自分はお肉が食べれなかったとハンバーガーをもらったこともあります🍔)最初は触れることなどなかったけど、3か月経つ頃にはハグの挨拶も当たり前になっていました。彼らも他国の文化に慣れたのでしょうか?

午後の選択のクラスは発音のクラスとリスニングのクラスを選びました。発音のクラスは単純に楽しかったです。各国ごとに無い音があるので(例えば日本人ならTHやR・F・Vなど)特にそこを強化するような授業でした。ちなみに、韓国語が一番音が少なく英語の発音が大変だそうです。早口言葉みたいな問題を個々に宿題にだされ、それを次回の授業で発表します。暗記です。みんなの前で順番に言わされ、完璧にできるまでやります。できないと授業後に残されることも。すぐにクリアできる日はいいけど、できないと何度も何度も順番が回ってきます。だいたい最後まで残るのは韓国の男の子でしたが、先ほどの理由によるものです。

リスニングのクラスは毎回シンプソンズをみせられました。そしてその後、感想を提出して終わるというクラス。お昼を食べた後でお腹がいっぱいの上、電気が消され、自分のレベルが低すぎて聞き取ることもできず・・・この授業は毎週睡魔との闘いでした。というより5分もたたないうちに負けて寝ていたと思います。このクラスだけは3か月本当に苦痛でした。

ただ、このクラスは選択コースだったので日本人がいたのです♪5つ下の日本人の女の子と仲良くなり、いつも感想文を書くためにあらすじを教えてもらっていました。帰りの方向も同じで更に家も近かったので、勉強したり買い物したり、一緒に食事を作って食べたり・・・。彼女と過ごす時間が長くなり妹のような存在となりました。

 

このCELOPは授業以外のイベントも多い学校でした。Bostonは歴史のある街だったので、school tripで歴史巡りのような授業がありました。事前に先生の用意してくれた資料をreadingして(新しい単語を学んだり)trip後はwriting(感想文)をしました。野球やバスケットボールも盛んなので、学校を通してチケットが安く買えたり。近くにはハーバード大学やマサチューセッツ工科大学という有名校や美術館が多かったので、学生証も活躍しました✌


Conversation Partnerという制度もあり、私は日本語を勉強している1人のアメリカ人大学生を紹介されました。週に1度、カフェテリアでお互いの語学勉強のHelpをします。彼女の日本語力よりまだ私の初級レベルの英語の方がマシだったので、英単語を並べながら彼女の日本語の宿題をHelpしてあげていました。彼女は日本語の初級レベルだったので、平仮名・カタカナを読むことができる程度でした。日本語のは・が・をの使い方の説明は本当に難しいですよね。最初はConversation Partnerとして知り合った彼女ともその後は勉強だけでなく、友達のような関係になっていきました。ランチをしたり映画をみたり、アメリカの寮生活を見せてもらったり、うちで日本食を作ってあげたり、バスケをしたり。

このBoston生活の後、私は少しロンドンに行くのですが、その頃彼女はイタリアに留学をしていました。ロンドンにも遊びにきてくれたので案内をし、私もイタリアに遊びにいきベネチアで一日一緒に過ごしました。彼女は国際結婚をして今はイタリアで生活をしています。お互い母となりましたが誕生日・クリスマスにはプレゼントを送ったり。私がイングリッシュビレッジで働き始めてからは英語の文を書くのが苦ではなくなったので、また頻繁に連絡をとるようになりました。

特に進学を考えていたわけではない私は、このような感じでゆるーくCELPOに通う生活を楽しんでいましたが、この3か月の間に巷でよく言われている「ある日突然、英語が聞き取れるようになった」という体感もしました。

CELOPはTOEFLには良い学校だったのですが、料金も高く・・・。2期通いましたが、その後は価格の安い、いわゆる英会話スクール(60分のグループレッスンというような所)に2か所単発で行きました。

Bostonでの生活はトータルで1年4カ月ぐらいでしたが、とても貴重な経験で良い思い出です。この期間があったからこそ、色んな国の方と知り合い、考え方や視野が広がりました。日本はやはり治安の良い国だと思いますし、生活水準も高いと思います。英語力どうこうより、そういった経験のために子ども達にも機会があるならば海外生活を経験してもらいたいと思います。

よく「英語ができるようになったら留学に行きたい」と聞くのですが、私個人の意見としては”できるようになってからなんて言ってたらいつになるかわからない。とりあえず、近場で短期でもいいから半年後ぐらいに行ってみる”のをお薦めします。その後もっとしっかり長期での留学を考えるかもしれませんし、仕事で使っていけるぐらい身につけたいと思うかもしれません。まずは始めてみないことには何も変わりません。

主婦になって、まさか海外で生活することになるとは。
英語ゼロで海外の語学学校に行くとは。
年齢なんて関係ない。自信を持って、やりたいことはやって、人生の経験値を増やしましょう♪私は今キックボクシングをやっています。あと1年続けたら3年になるので、次はダンスをやってみたいなと。ひたすら《大人初心者ダンススクール》で検索中です。

そして、英語ですが・・・20年も使わないとあんなに勉強したのにまた限りなくゼロに戻ってしまいます。継続が大事ですね。

またスクールでお話しましょう。
Have a nice day.

Atsuko